安養院

 この寺の正式名称は祇園山安養院長楽寺と号し、開基は北条政子で、現在鎌倉文学館がある笹目ガ谷に、嘉禄元年(西暦1225年)、夫・源頼朝の冥福を祈って建てた長楽寺が前身といわれています。

参道

 もともと、この地には尊観が開いた浄土宗の善導寺がありました。一方、笹目にあった長楽寺が幕府滅亡とともに焼け落ちたため、浄土宗名越派の根本道場善導寺の遺跡に移して浄土宗に改め、政子の法名をとって「安養院」となりました。

 その後、江戸初期の延宝8年(西暦1680年)に火災で全焼し、再建にあたって、比企ヶ谷の田代観音堂を移したことから、田代寺とも呼ばれています。

山門
境内撮影禁止

 本尊は阿弥陀如来 坐像です。本堂内の厨子に、政子が祈って頼朝とめでたく結ばれたという言い伝えの田代信綱の持仏の千手観音像が安置されています。

 安養院には、千手観音の他、馬頭観音、不空羂索観音、准胝観音、聖観音と全部で五体の観音さまが祀られています。

 千手観音は、 坂東三十三観音霊場三番札所として尊信を集めています。

 境内左手にある日限地蔵 (ひぎりじぞう) は、願い事に応じて決めた日数をお参りすれば願いを叶えてくれると言われています。

 本堂の背後に大小二基の宝篋印塔があり、 右側の大きい石塔は 鎌倉最古のものとして重文に指定されています。小さい方は政子の墓であると伝えられており、苔むした安山岩の美しい形の 石塔 には「二位政子御法号安養院殿如実妙観大禅定尼」と陰刻されています。

 安養院はつつじ寺として有名です。満開の時には、 歩道側にもオオムラサキツツジがせり出していて、見事!の一言です。この時期、ツツジ以外にも、 ソメイヨシノ、エビネ、ツワブキ、ススキ、スイセン、ショウブなど、いろいろな花が咲いている花の寺でもあります。

標識
入り口